〈金剛山歌劇団新潟公演〉インタビュー/文化交流で朝・日友好の未来を


19年ぶりに行われた金剛山歌劇団新潟公演(写真=盧琴順)

19年ぶりに実現した金剛山歌劇団新潟公演。会場に訪れた500余人の観客らの大半を占めたのは、日本の市民たちであった。2014年に結成された日朝友好新潟県民連絡会(以下、連絡会)のメンバーたちは、公演実行委員会の日本側委員会としてその取り組みの一端を担い公演の成功に尽力。当日は初めて公演を鑑賞した。連絡会の共同代表、事務局長に話を聞いた。(まとめ=李鳳仁)

吉澤文寿さん/新潟国際情報大学教授(連絡会共同代表)

吉澤文寿さん

はじめての金剛山歌劇団公演は、いろんな意味で衝撃的だった。過去、訪朝した際に見た現地の公演も素晴らしかったが、それらとはまた一味違う、オリジナリティーあふれるとても面白いものだった。

男声独唱「南山の青松」ののびのびとした歌声はもちろん、歌詞もとても力強かった。生演奏を聴く機会も普段はなかなかないので贅沢なひと時であった。終盤に近付くにつれいっそう盛り上がり、最後のチャンゴ3重奏は圧巻だった。知り合いも皆、喜んでいた。大盛況だった。

08年に初訪朝し、これまで4回、朝鮮に行ったことがある。街の人たちの暮らしや開城、板門店、農村の風景など、印象深いものが多い。やはり直接足を運び、朝鮮の姿を自分の目で見ることが大切だ。メディアで報じられるのはいつも一部を切り取ったものでしかなく、それを見ているだけだと本当の姿を知ることはできない。しかし、日本のメディアが垂れ流す「北朝鮮」の悪いイメージが、日本市民の中に刷り込まれているのが現状だ。

新潟は拉致問題の影響が強く出た地域の一つ。2006年に万景峰号の入港が禁止され、人的交流の道が閉ざされてしまったことがもっとも大きな打撃だと思う。互いに行くことも来ることもない。それゆえ日本人は朝鮮そのものを忘れ去ってしまっている。

政治の力は大きいとはいえ、やはり日朝友好を進めるには、普通の人が普通に交流できる社会でなければいけない。そのような意味で、金剛山歌劇団の公演の意義は大きい。

芸術、美術、文化に触れることによって互いの理解はうんと深まる。人と人との交流は苦しい時こそ絶えず続けていかなければならない。そうして育んだ信頼関係があれば、立ちはだかる問題に、ともに向き合い、議論し、打開できる。そのように一歩ずつ進んでいきたい。人と人とが、できることをやる。そうして少しずつ日朝間の問題を考える場が増えればと思っている。

有田純也さん/新潟県平和運動センター事務局長(連絡会事務局長)

有田純也さん

金剛山歌劇団のような高い芸術性をもったアーティスト集団が日本にあるということは、日本人である私たちも誇れることだ。

大学時代から朝鮮学校の支援に関わってきた。平和学者の恩師は在日外国人のマイノリティー問題にも取り組んでいたので、その影響を強く受けた。それもあり、2002年に拉致問題が大々的に報じられた時には違和感を覚えた。報道のされ方が不平等だと思った。過去の侵略や植民地支配の歴史清算のいっさいの問題をワープしてしまっている。とりわけ拉致問題の世論が膨れ上がっている中、いがみ合う問題点をていねいに解きほぐすしかないのだが、いくら言葉で説いても聞いてくれる人は少ない。

そこで大切なのが「エモーション」、すなわち人びとの感情、感動なのではないだろうか。

公演会場では、朝鮮の人も日本の人も同じように泣き、笑い、感動していた。そこから文化交流の可能性を感じられた。

連絡会の基本理念は、日本人と在日朝鮮人との友好交流の輪を草の根で広げていこうというもの。「朝鮮学校を支援する新潟県民の会」とともに物販をしたり、学校が運営されていたときは交流祭「ミレフェスティバル」に参加したり、大学生を連れて訪問もした。ほかにもキムチづくりや料理教室、学習会や強制連行の跡地をめぐるツアーなど、地道な活動を行ってきた。

交流を通して知り合った在日朝鮮人の印象は、強い結束力だ。人間はコミュニティーがないと生きていけないし、中でも在日のコミュニティーは私たち日本人に多様性を教えてくれる、日本社会の宝だと思っている。しかも、金剛山歌劇団という超一流の歌や踊りは声高に誇れるものだろう。

「沈みっぱなし」ということはない。必ず浮揚するときはくる。それが真理だと思っている。今回の公演で得た感動をヒントに交流活動を軌道に乗せて、日朝の明るい未来を切り拓いていきたい。