〈インタビュー〉アートは語らい、関わりの器/アーティスト・飯山由貴さん


硬直した価値観と向き合う

アーティストの飯山由貴さん(33)は、精神病患者や在日朝鮮人をテーマにした映像やインスタレーションの制作を続けてきた。入念な取材と考察をもとに作られた数多くの作品はどれも、あるスティグマ経験をもつ人や、社会的弱者と呼ばれる人々のありのままの「語り」によって紡がれている。制作に臨む思い、今日の「アート」に託すものは何か――。                                       (まとめ=李鳳仁)

―日本の過去の加害の歴史そして在日朝鮮人との出会い

2016年、福岡での展覧会に向け新作の制作中、市美術館周辺にあった戦後引揚者※1の寮の存在を知った。その作品取材中に引揚者の方々と直接会うこともできた。

私が出会った方々は、日本の侵略の歴史を重々承知した上で、朝鮮、満州などの食べ物や言葉に懐かしさを覚えていた。しかしそれは同じ経験をした人でないと気軽に語れないことのようで、日本に戻っていじめられた人もいたとのこと。日本で生まれ育った同世代とは絶対に共有できない何かがあると感じた。もちろん丸ごと肯定できかねる経験だとしても、日本は、問題の複雑さを肌で感じている引揚者の人たちが安心してその記憶や経験を話せるように、侵略の記憶、歴史を公にしてこなかった。それを悲しく感じた。

そして同時に朝鮮、中国に帰る人たちもいたという記述を見つけて驚いた。日本の引揚者たちの話はそれでも語られてきたけれど、同時期に日本から母国に帰っていった人の流れを記したものはそれ以上に少ない。なぜ自分は「片側の歴史」だけ記憶喪失になっているのかと。それが、在日コリアンの問題について関心を持つきっかけだった。

―在日無年金障害者と「OLD LONG STAY

「オールド ロング ステイ」ヨコハマトリエンナーレ2020 展示風景(撮影:大塚敬太 写真提供:横浜トリエンナーレ組織委員会)

在日無年金問題※2について初めて知ったのは、2年前、京都精華大が主催する東九条でのフィールドワークでのこと。私の妹も精神障害があり、障害基礎年金をもらっていたのでなおさら驚いた。年金があることで安心して生活できる、気持ちを安定させるのにとても重要な存在だと知っていたため、国籍だけで無年金とされる意味が分からなかったし、この国は一体どうなっているのかと思った。この問題の文献はたくさん残っているが、私の仕事の中で何かできることがあるのではと、当事者や支援者たちの声を集め、170分の長編作品「OLD LONG STAY」を制作した。

取材した素朴な感想は、皆、違う障害があるのに、一つにまとまって闘い、運動を繰り広げていることへの感嘆だった。なぜもっとこの問題が着目されないのかと疑問も抱いた。

―「湯気 けむり 恩賜」から妹へ、制作スタンス確立の過程

「湯気 けむり 恩賜」展示風景(撮影:末正 真礼生)

制作において大きな転機になったのは、大学院の修了展と、その「仕切り直し」のための取材過程だった。修了展では大正時代のスクラップブックから着想した作品を制作したが、個々の素材が孕む問題の大きさ、複雑さを自覚しつつうまく生かし切れない歯がゆさを感じた。修了展を見た人から個展の誘いを受けたことを契機に修了作品に関する取材をし直した。中でも特に衝撃的だったのは、あるハンセン病回復者の女性の話。私は皆が同じような差別体験をしていると思いこんでいたが、彼女は施設の中で本名で生活し、養子を持つこともできたとのこと。彼女にとっての「普通」を獲得していった経験に驚き、個人の経験は歴史化される過程で見えづらくなることを知った。そのとき作品のなかに初めて個人の語りが入り、展示「湯気 けむり 恩賜」を完成させた。

その後、家族特に妹に対する考え方にも変化があった。私の妹は幼少期から児童精神科に入退院を繰り返し、10代で統合失調症の診断を受けた。自分の制作スタイルが変わると同時に、それまで「病気だから」と受け止めていた妹の言葉をある「表現」のように捉ええてしまう、自分自身の変化があった。妹の言葉を「あなたの本当の家を探しにいく」「海の観音さまに会いにいく」など、いくつかの映像作品として形にすることができた。

そうして今日まで、スティグマ経験をもつ人の存在を、アートの実践として、公的な機関が作る記録とはまた別の形で留めていきたいと制作活動に取り組んでいる。

―表現と「検閲」、すり抜けることはできない

「海の観音さまに会いにいく」スライド(撮影:宮沢響)

アートは非常に長い間、そして多くの場合、その時々に権力やお金があった人たちが名を残すために使われてきた。私にとってのアートは、そうでない人びとの記録の居場所のひとつであり、現実へのアプローチだと考える。

私は日本という場所で人権が軽視され、尊重されていない人がいるという事実に基づき、尊重されていない側の人の話を主に取材し作品にしている。このテーマはこれからも変わらないと思うが、先日、国際交流基金から発表の場を閉ざされるということが起きてしまった。

「誰の作品が発表できなかった」とか、「あるテーマに関するものはどうも検閲が厳しいらしい」など、この業界にいると耳に入ってくる。今回も驚きより「ああ、来てしまったか」と知らせを受け取った。

ただ、だからといってそのような「検閲」をすり抜けるために表現を変えることはできない。私の作品にはいつも、ある人たちの語りがそのまま入っている。すり抜けるためにそれを消したり抽象化してしまうと、私が作品の中で重要に思っている、語り手との協力関係を手放さなければいけなくなる。

―アートの可能性と「危うさ」

「オールド ロング ステイ」スチル ©︎2020.Yuki Iiyama

私は、アートは人が何かを考えていくための道具だと思っている。アートはいろいろな人が関わり、語りあう器になり得る。でも一方で、力関係次第で人を搾取する道具に反転してしまう怖さもある。アートの可能性があったとしても、私自身を含めそれに関係する人々の思惑、知識の欠如によってその価値は簡単に損なわれる。ひとつの作品は作者や協力者、関係者それぞれの目的や感情から成り立っている、とても政治的なものともいえ、作品を見る人にはそれを踏まえて受け取ってもらえたら。

今までは作品を作って見てもらえば終わりだと思っていたが、最近は「素材を残すこと」に可能性を感じる。発表することだけに価値があるわけではないのかもしれない。例えば、今は発表できない映像素材も、ふさわしい場所に残しておけば、いつか誰かが使うことができるのではないか。今は自分たちの言葉で語ることが難しい当事者であったとしても、時を経て子どもや孫世代が自分の言葉でそれらの記録を見つめ直し、批判的にであれ、そのコミュニティを考えていくための道具になるかもしれない。

過去、現在にわたって、重要な出来事に対して行政としての責任を果たしてきたとはいえない日本が孕んでいる問題はあまりにも大きい。だからこそ解決されるべき問題が仮に法的には解決できなかったとしても、この国が大きな問題を見過ごしているという事実を伝え、記録として残したい。そのようなアプローチの積み重ねで、この国の歴史認識や、外国籍の人や難民の人々、日本社会の中で弱い立場に置かれている人へのまなざしが少しずつでも変わっていけばと思っている。

※1

1945年8月15日、日本の敗戦を受け、朝鮮や台湾、満州などに居住・移住していた民間の日本人のうち、日本の本土へ帰還した人びと

※2

1959年施行当時の国民年金法に設けられた国籍条項により、国民年金への加入を拒まれていた在日朝鮮人をはじめとする日本在住の外国人。82年の難民条約への加入に伴う法改正により同法の国籍条項が撤廃されたが、日本政府が経過措置を取らなかったことにより、現在も一部の在日外国人らが無年金状態となっている。

プロフィール

アーティスト、東京を拠点に活動している。過去の記録物や人への取材を手がかりに、社会と個人の影響関係に関心を持ちながら映像やインスタレーションを制作。社会的なスティグマが作られる過程と、その経験が語られなおすことに関心を持つ。近年では様々な背景を持つアーティストや市民、専門家と協力しながら、日本社会における障害、病気、民族、人種、ジェンダーを考えている。