〈明日につなげる―無償化裁判がもたらしたもの―〉弁護士たちの思い・九州


違いを正し、「違い」を尊重する

無償化裁判という経験そして課題について、九州弁護団に携わる弁護士たちの声を紹介する。(まとめ・韓賢珠)

昨年10月、2審での不当判決に対し、裁判所前でプラカードを掲げる九州中高生徒ら

後藤富和弁護士

高校無償化裁判の原告となった子どもたちや、朝鮮学校の教員、保護者、関係者の方々は、日本社会や司法が直視しない正しいことを貫いてきた人たちであり、その意義を世代を超え語り継いできた人たちだ。私は高裁判決後の集会の場で「裁判で負けたのは国だ」と話した。それは先述の在日朝鮮人の方々に出会い、弁護団活動を通じ本心でそう思ったから。この国や社会のどうしようも部分にこれからも向き合っていきたい。知らなかったことを知ることは恥じゃない。これは裁判所もそうだが、日本社会の多くの人々に共通することだ。

朴憲浩弁護士

論理だけでなく情勢や社会の流れを作っていくことも必要だという側面で、限界を知ってしまった経験ではあった。今のままでは、結果として裁判を否定的にみる人もいると思う。けれど見方を変えれば、裁判を通じ敵は見えやすくなったし、はっきりとファイティングポーズをとらなくてはいけないことが明確になった。いくら日本社会に染まって生きていても、在日朝鮮人をとりまく差別や切り捨てはいつでも起こりうる。同胞や日本の支援者も含めた大衆運動の力強さがなければだめだと改めて感じた。

運動を振り返るきっかけが高校無償化裁判じゃないだろうか。

清田美喜弁護士

たとえ勝訴判決が出ても、法律や制度が変わっても、人の心が変わるのはもっと時間がかかる。それまでの間に、社会に働きかける運動を継続する必要があると思っている。

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