【新連載】明日につなげる―無償化裁判がもたらしたもの―


続く民族教育擁護運動を考える

1審判決後、会見に臨む九州弁護団と学校関係者たち(2019年3月14日)

2010年に高校無償化制度がスタートしてから今年で11年目を迎えた。同制度は、当初、朝鮮高校を含む外国人学校までをも対象とした画期的な政策として注目を浴びた。しかし、その後方針は一転、民主党政権は「政治や外交とは切り離して判断する」と明言したにもかかわらず、延坪島砲撃事件などを理由に朝鮮高校適用に関する審査を中断した。さらに第2次安倍政権は、発足後真っ先に朝鮮高校の指定根拠となる「規定ハ」を削除する前代未聞の省令改悪をはたらき、朝鮮高校のみを無償化の対象外とする異例の措置をとった。

以降、2013年から各地5ヵ所の朝鮮高校に通う生徒や卒業生らが原告となり始まった裁判は、昨年までに東京、大阪、愛知でそれぞれ原告敗訴が確定している。(広島、九州は最高裁へ上告中)

「教員として母校に帰ってきて再びこの問題に向き合っています。…声をあげ行動し、この問題の不当性を世に訴え続けることで支援の輪が広がりました。もし声を上げ続けなかったら、ここまで多くの方々が問題を正しく認知できたでしょうか。私たちの主張が正しいというのはこの連帯の事実が証明しています。生徒たちに異国の地でも朝鮮人として生きることの素晴らしさを示すためにも勝利の日まで闘いつづけたいです」(2月13日、「高校無償化即時適用実現全国統一行動に連帯する福岡県民集会」での九州中高・余信徹教員の発言より)

大阪地裁での歴史的勝訴を除いては不当判決が続き、右倣えで国に白旗をあげる司法を前にしてもなお、原告とかれらを支える多くの関係者たちは、国の行為の違法性についていまも世論に訴え続けている。

朝鮮高校の無償化を巡る各地の訴訟状況

裁判闘争が終盤を迎えるなか、これまで街頭宣伝や署名集め、国や自治体への要請活動など、各地の関係者たちによってなされてきたさまざまな実践と、その過程で生まれた市民らの連帯の輪は、幼保無償化やコロナ禍における学生支援緊急給付金からの除外など、いまも同様の文脈で侵害される在日朝鮮人児童、生徒、学生らの基本的人権と学習権を守る闘いにおいて大きな力となり、運動を支えている。

不条理を前に涙する子どもたちの姿をただ記憶するだけでなく、裁判闘争という経験を明日にどのようにつなげていくのか。

新連載「明日につなげる―無償化裁判がもたらしたもの―」では、先述の連帯を体現してきた各地の弁護団とその関係者たちにスポットをあてる。かれらが弁護団に携わることになった経緯や裁判過程での気づき、見据える課題などから、無償化裁判がもたらしたものが何かを確認し、今後も続く民族教育擁護運動について考える。

(韓賢珠)

「高校無償化」制度と朝鮮高校除外

~通称・「高校無償化」制度。正式名称は「高校授業料無償化・就学支援金支給制度」。民主党政権の目玉政策として2010年度にスタートした同制度は、高校無償化法(高等学校等就学支援金の支給に関する法律 )に基づき、授業料の低減を目的に公立高校の授業料を無償化、また私立高校(外国人学校含む)には就学支援金を支給する制度だ。当初、朝鮮高校は無償化の対象に含まれていたが、中井拉致担当相(当時)の除外要請など一部国会議員らの横やりにより、朝鮮高校を無償化対象にするか否かを判断するため、検討会議が発足される(2010年5月)。その後、同年11月23日の延坪島砲撃事件を機に、審査は凍結(2010年11月)され、審査再開(2011年8月)後も結論が出ないまま、自民党政権に移行した。2012年末、文科省は無償化対象から朝鮮高校を外す方針を表明。 翌13年2月20日付で、文部科学省令の改悪により、 朝鮮高校の無償化適用根拠となる規定を削除し、制度の対象外となったことが各地の朝高に通知された。