「共生の桜」を後世へ/神戸初中で創立75周年記念プロジェクト


運動場の人工芝化に伴う伐採前に

神戸初中創立75周年記念プロジェクト・特別イベント「あんにょん、思い出の『桜の木』たち!」が4日、同校の運動場で開催された。

同プロジェクトは、創立記念事業の一環として推進する同校運動場の人工芝化と、それに伴い桜の木など一部樹木の伐採を行うことと関連し、これまで在校生や卒業生、同胞、近隣の日本市民たちの間で、「春の風物詩」「共生のシンボル」として慣れ親しまれてきた桜の木を、後世に繋いでいこうと企画された。

当日は、同校の金輝栄校長、教育会の趙源模会長、創立75周年記念事業実行委員会の金和則委員長をはじめとする地域同胞と近隣の日本市民ら100余人が参加し、挿し木の贈呈や記念撮影などがおこなわれた。

はじめに、実行委を代表し金和則委員長があいさつした。

金和則委員長は、昨年9月23日、神戸と明石地域の総聯支部、女性同盟支部、商工会、青商会、朝青、学校教育会、アボジ会、オモニ会をはじめとする43人の委員で創立記念事業実行委員会を発足したことを報告。その後、教育会理事会を中心に、学校運動場の人工芝化を推進する過程で「1世らの情熱がこもった桜を後世に繋いでいけないか」という提案があったとしながら、専門家の手ほどきのもと約2カ月をかけてプロジェクトを準備してきたと、その経緯を述べた。

そのうえで参加者たちに向けて、今後本格的に始動する75周年記念事業への協力と物心両面での支援を呼びかけた。

つづいて同校アボジ会の朴正哲副会長が、プロジェクトの趣旨を説明した。

これによれば、今回伐採される桜の木は、その昔1世たちが植えたもので、毎年4月になると、満開の花を咲かせ新入生やその保護者らを出迎えてきた。また支部主催の花見など、地域の絆を深める催しも毎年この桜の木の下で行われ、学校のみならず地域同胞にとってもゆかりが深い。また重要なのは、1995年の阪神淡路大震災当時、同校が避難場所に指定され、近隣の多くの日本市民らが集まり避難生活を共に送った時も、この桜の木はあった。まさに「共生のシンボル」だという。

その「共生のシンボル」を後世に繋ぐため、準備期間、同校教育会とアボジ会を中心に約700本の若い枝を切り取り、適切な処理を加え鉢に挿すなど、挿し木*(植物の一部、枝・茎・葉・新芽などを切りとり、発根させて増やす人為的繁殖方法)にチャレンジした。

根っこが育ち初めて成功となる挿し木は、今後手入れを行い、希望する方々へ秋ごろに配る予定だという。実行委では「多文化共生の象徴として大切な意味を持つ桜の挿し木を、在校生や卒業生、地域の同胞だけでなく、近隣の日本市民や地域自治体、震災によっていまも避難生活を送っている方々に届けたい」としている。

朴正哲副会長は「ハッキョの歴史や震災の中で生まれた友好、希望、地域の方々との共生の物語を見つめ続けた桜を、75周年の今年に限らず末永く共に育てていきましょう」と話した。

参加者を代表し、同校の児童、保護者、地域顧問会の同胞へ、「後継樹」と名付けられた挿し木の鉢植えが贈呈された。

最後に参加者全員で、桜の木を背景に記念撮影が行われた。

力合わせるきっかけに

イベント当日、参加者たちは、思い出の詰まった桜が伐採されることへの名残惜しさをそれぞれ口にしながらも、子どもたちのより良い教育環境を整え、地域の共生の場として同校が今後も輝きを増してほしいと期待感を示した。

李彰持さん(78、神戸支部在住)は「震災の時もそうだが、毎年春、この運動場に同胞たちが集まり楽しく過ごしたことを思うと感慨無量だ」としながら「自分は、日本学校を経て朝鮮大学校のみ通ったが、妻や子どもたちがこの学校を卒業し、現在孫が通っている。その間に亡くなった一世の方々も多いが、この桜はずっと残っていた。今日の日が地域同胞たちが力を一つにするきっかけになれば」と話した。

同じく神戸支部在住の劉光子さん(78)は、

***************************************

※この続きはログインすれば閲覧できるようになります。

会員の方は、右か下にある「ログイン」項目にてログインしてください。

会員登録ご希望の方は、画面右上にある「会員登録」をクリックしてください。

ログインフォームへ