〈民族教育と朝鮮舞踊 2〉民族舞踊教育の始まり


農楽隊の活動の様子(解放新聞1956年2月23日付)

在日同胞社会では、なぜ舞踊が盛んなのか? この問いを受けるたびに私は、民族教育がまずあり、その中で体系的に朝鮮舞踊を教えているからだと答える。

解放後の啓蒙活動としての舞踊

祖国解放直後、日本各地において国語講習所の形態で始まった民族教育は、1945年10月15日の在日本朝鮮人聯盟(朝聯)結成後には本格的に行われるようになった。当時は同胞たちの民族意識を啓蒙するため、朝鮮語や歌と踊りを通して朝鮮人としての自覚と自負心を高めることが急務であった。驚いたことに46年2月、朝聯主催の同胞慰安大会では戸塚学院の児童合唱隊30人が出演し、6~7歳の児童たちが赤いチョゴリに青いチマを着て、歌を歌い蝶のように踊ったという記録が残っている。児童学芸大会や解放1周年記念演芸大会などでも舞踊が披露されたそうである。

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