〈特集・大阪朝高ラグビー部 3〉チームの底上げ担う/日本学校から編入した選手たち


大阪朝高ラグビー部の権晶秀監督はチームのキープレイヤーとして主将、副主将のほかに、バックスリーダーの金昂平選手(フルバック)とフォワードリーダーの李淳弘選手(フッカー、ともに高3)の名を挙げる。2人の共通点は日本の中学校から大阪朝高に編入してきたことだ。

エースの自覚

大阪朝高ラグビー部では東大阪中級ラグビー部(当時)出身の部員らが大半を占めるなか、日本の中学校や府外の朝鮮学校から入部する選手たちが少なくない。権晶秀監督は彼らのような存在が「東中(東大阪中級)出身の選手たちに刺激を与え、チームの底上げに寄与している」と話す。現在のチームには日本学校からの編入生が3人いる。

エースとしての自覚を持ちながら、チームを引っ張る金昂平選手(高3)

そのうちの一人である金昂平選手は京都初級に通っていたころ、花園で活躍する同部の先輩たちの姿や映画「60万回のトライ」の影響を受け、ラグビーを始めた。

もともと東大阪中級ラグビーへの入部を考えていたが、京都から通うには往復3時間ほどかかる。進路を考えた末、「通学時間をラグビーに費やしたい」と地元のラグビー強豪校である伏見中学校のラグビー部に入部。中学での3年間、「将来は朝高でラグビーしたい」という思いで技術を磨き続けた。

こうして憧れの大阪朝高ラグビー部に入部した金選手は「がむしゃらにラグビーに取り組んできた」。1年からスタメンとして試合経験を積み、翌年はエースの役割も任された。だが、心のどこかに「まだ来年があるだろう」という甘えが生じ、周囲の期待には最大限応えることができなかったという。

最高学年になり「チームの中心選手としての自覚」が芽生えた今年は、「練習や試合のしんどい時に、どれだけラグビーを楽しめるか」を意識している。

「花園予選では相手を圧倒し、力強いラグビーでコロナ禍で奮闘している同胞たちを勇気づけたい。今度は自分のプレーを通じて、かつて抱いた憧れの思いを後輩たちに与えたい」

仲間を信じて

FW陣をけん引してきた李淳弘選手(高3)は8月末に負傷。花園での復帰を誓っている。

日本の中学校でラグビーを始めた李淳弘選手は、「朝高で一緒にラグビーをしないか」とわざわざ学校を訪ねて来た権晶秀監督の熱意に心を打たれ、入部を決意した。

2年時から中心選手としての役割を担い「全国で通用する強いフィジカルを鍛えなければ」と体づくりに励んだ。新チーム発足からはフォワードの大黒柱として屈強なFW陣をけん引してきたが、8月末に膝の半月板を負傷し、9月に手術を行った。

「大切な時期にチームに迷惑をかけることになって申し訳ない」と悔しさを滲ませながらも、「チームメイトが必ず花園に連れて行ってくれる」と信じ、年末年始の花園に向けてリハビリや体づくりに励んでいる。

「この期間、練習や試合で気づいたところは積極的にアドバイスをして、チームの底上げに貢献したい」(李選手)

強いチームでラグビーを

初級部は朝鮮学校に通った金選手や李選手に対し、高2の呉侑駿選手(プロップ)は高級部から朝鮮学校に編入した。

高2の呉侑駿選手はレギュラーを目指し、練習に取り組んでいる。

呉選手は神戸朝高ラグビー部出身の父の影響を受け、中学からラグビーを始めたが、「中学のラグビー部が弱く、先輩から技術を教えてもらうことも少なかった」。そんな中、父から大阪朝高ラグビー部の話を聞き、「強いチームでラグビーがしたい」と同部に入部した。

「練習は中学の10倍はきつい」。それでも「監督やコーチ、先輩たちがラグビーについて様々なことを教えてくれるし、強豪校と試合もできるので楽しい。朝高に来て良かった」と充実した学校生活を送っている。

現在は主にリザーブで、試合に出場する機会は少ないが、「レギュラーとの差を埋め、スタメンで出場できる実力を鍛えていきたい」とレギュラーを目指し、日々練習に取り組んでいる。

(全基一)

 


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