〈在日無年金障害者―零れ落ちる声を拾って2〉これは歴史の問題、尊厳の問題/李幸宏さん


在日外国人の無年金問題を解決するため、長きにわたり闘いつづけてきた李幸宏さん(60)。「年金制度の国籍条項を完全撤廃させる全国連絡会」の代表だ。新型コロナウイルスの感染が広がる東京で、スカイプを通じて話を聞かせてくれた。

障害者として、在日として

李幸宏さん(写真中央)

1960年4月16日、1世の祖父母が働いていた福岡県・筑豊の炭鉱の中で生まれたという李幸宏さんは、2歳のときにポリオ(Acute poliomyelitis、急性灰白髄炎)にかかった。かつては小児期に多発したことから小児麻痺と呼ばれていたポリオは、ポリオウイルスの中枢神経感染による四肢の急性弛緩性麻痺が典型的な症状となる。40年代頃から日本各地で流行し、60年には5千人以上が罹患した。日本政府は61年に経口生ポリオワクチン(OPV)を緊急輸入し、63年からは罹患者に対し国産OPVの2回投与による定期接種が行われて現在に至っている。「私もワクチンを受ける予定だったんですが、ほんの少し、間に合わなかったんです」(李さん)。以降、李さんは車いすで生活している。

6歳から11歳まで、養護学校(当時)の分校が併設された医療施設で勉強と自立訓練を行った。その後も寮生活をしながら養護学校高等部まで通った。「隔離されたように暮らしていました。当時は障害者差別の時代でしたからね」。

李さんが高等部にいた70年代後半は、障害者による当事者運動が盛り上がりをみせた時代。親しい先輩が運動団体に携わっていたのもあり、自身も影響を受けた。「障害者が街の中に住めないのはおかしい、ありのままで生きて何が悪い――今では当たり前の考え方ですが、当時の私は感銘を受けました。一方で、在日であることを隠して生きている自分にジレンマも感じました」。李さんは高等部まで、ずっと「日本名」を名乗っていたのだ。

そんなとき、同じ先輩とのつながりで、現在「劇団態変」の主宰をつとめる金滿里さんと出会うことに。「障害者でありながら、在日コリアンとして堂々と生きている人と会ったのは初めてで、カルチャーショックでした」。そうして、高等部を卒業する際には同級生の前で「朝鮮人宣言」をするに至った。「スマートに言えなくて、カッコ悪かったですけど」とはにかんだ李さん。21歳からは民族名を名乗って生きてきた。

歴史の事実に基づき話したい

今年2月14日、厚労省担当者との交渉のようす

その後、李さんは福岡にある印刷業の福祉工場で30年間働いた。「20歳のとき、父が死にました。家に残った家族は生活保護の扶助対象になりました。私はもともと正式雇用ではありませんでしたが、家族に負担をかけないよう一生懸命働いて、職員になりました」。しかし、職員になってももらえるのは最低賃金ギリギリの額だった。それは当時の障害者への賃金が、障害基礎年金があることを前提に安く抑えられていたからだ。他の職員らは、その少ない賃金に年金を足して生活をやりくりしていたという。しかし、外国籍の李さんは無年金だった。「周りと同じように働きながら、どうしても格差が埋まらない。その後結婚し子どもも育てましたが、生活は常にカツカツでした。社宅からずっと出られませんでした」。

「どう考えてもおかしい」――以降、李さんは北九州や下関などの4~5人の在日同胞無年金者らとともに声を上げ、救済を求めて闘った。約2万筆の署名を集めて厚生省に届けたり、民闘連(民族差別と闘う連絡協議会)の運動にも携わった。「年金制度の国籍条項を完全撤廃させる全国連絡会」(以下、全国連絡会)が発足(91年4月)してからはデモをしたり、他の障害者団体とも連帯し、積極的にアピールを続けた。10年前からは上京し、現在は、自立生活センターのスタッフと「DPI日本会議」の相談員をしながら、全国連絡会の代表を務めている。

そんな李さんだが、7年前に大動脈解離を患い、12時間の大手術、5日間の昏睡状態を経てかろうじて一命をとりとめた。「今も用心し続けなければいけません。最近は大分活動を再開できるようになってきました」。

3年前から厚労省への交渉活動を再開し、今年2月14日にも、無年金状態にある他の在日外国人障害者たちとともに永田町に足を運び、厚労省職員らと交渉を行った。他方で「運動を終わらせてはいけない」という考えから18年にはスイス・ジュネーブにも自ら出向き、在日無年金障害者の現状を訴えた。

李さんは言う。「日本は戦後、在日コリアンが日本に住むに至った経過に対する責任をずっとなおざりにしてきました。在日を対等な人間として扱わず、差別し、社会保障を受ける権利までも低く見積もってきた。もちろん当事者の同意もなしに。そのツケこそ、在日無年金問題なのだと思います。この問題は歴史問題であり、同時に、私たちの尊厳の問題なのです」。

そして絞り出すように言葉をつなげた。「政府の人たちと、歴史の事実に基づいて、ちゃんと話をしたいです」。

(李鳳仁)


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