〈在日無年金障害者―零れ落ちる声を拾って 1〉“制度はいくらでも変えられる”/愼英弘さん


愼英弘さん(73)。東京で生まれ、幼い頃に大阪に移住した。生まれつきの弱視で、朝鮮人学校の小学3年時に失明し、3年間を自宅で過ごした。「目が見えるようになったら今度こそ勉強するぞと、学校に憧れていました」。盲学校の存在を知り再び就学して以降、勉学の道を突き進んだ愼さんは、どんな逆境にも屈せず、数多くの著書や論文を発表してきた。今年3月までは四天王寺大学大学院で教壇に立ち、現在は同大学の名誉教授を務める傍ら、在日無年金問題解決のため闘い続けている。

苦学の末のコースドクター

愼英弘さん

1970年に大阪市立盲学校高等部を卒業、全盲という過酷なハンディを乗り越え、1年の浪人を経て龍谷大学経済学部に合格した愼さん。大学に受かったのはいいものの、当時は点字の資料も点訳者も少なく、研究に必要な本はほとんど自ら点訳するほかなかった。

点訳の作業は学生や看護師のボランティアに本を朗読してもらいながら行うため膨大な時間がかかる。それらの本を触読する暇もなく「何のために大学に来たのかわからない」状況だった。もっと勉強がしたい一心で大阪市立大学大学院へ。経済学は統計資料の点訳が困難だったため諦め、植民地時代の朝鮮の社会福祉史を研究した。

在日朝鮮人の愼さんに障害福祉年金(当時)は支給されなかった。家からの仕送りもなく、「育英会」の奨学金ももらえなかった。愼さんが大学院に入った年に「育英会」奨学金の国籍条項が撤廃されたのだが、愼さんはそれを知らなかったのだ。そのため朝鮮奨学会の奨学金と弟からの援助で生活した。毎月アパートの家賃や、図書館までの定期券代、ボランティアへ渡すお茶がわりのジュース代などに費やせば、残高は8千円。だから食事は朝と晩だけ。野菜の味噌汁と卵かけご飯をよく食べた。

「卵かけご飯が大嫌いなんです。今でも生卵の匂いを嗅いだだけで貧乏な時を思い出すし、気分が悪くなる」。海苔の佃煮ひと瓶で一週間をしのいだこともある。少しお金が残ったときは、クジラベーコンとキャベツを炒めた。愼さんは微笑む。「これが一番の贅沢でした」。

しかしどんなに苦しくとも挫折はしなかった。研究の集大成として「近代朝鮮社会事業史研究―京城における方面委員制度の歴史的展開」をまとめあげた愼さん。それまで誰もやっていない研究を成し遂げ、コースドクター(課程博士)に。障害者差別、外国人差別の荒波のなか14年を経て正規採用され、50歳で大学助教授となった。今日まで近代朝鮮の社会福祉史、福祉関係の論文や著書を多数、発表した。

同胞コミュニティーで力合わせれば

2月14日、厚労省との交渉で

1991年4月、神戸市の在日中国人男性が声を上げたことにより、同市が自治体の救済制度として無年金状態の在日外国人障害者に給付金を出すことを決議した。それを知った愼さんは、「自治体へ働きかければ、問題解決の道を開くことができるかもしれない」と同年6月、大阪の「在日外国人の年金差別をなくす会」の代表となり、以後積極的に活動を始める。

しかし、年金制度は「門外漢にとってはあまりにも複雑」(自身の著書「定住外国人障害者がみた日本社会」(明石書店)より)だった。そのため愼さんはとにかく勉強したという。府立図書館まで出向き、社会保障や国民年金法に関する本を片っ端からボランティアに読んでもらった。

交渉を続けた末、大阪市は92年4月から、無年金障害者に一人当たり月3万6千円を支給する救済制度を実施するに至った。

「制度はその気になればいくらでも変えられる」と愼さん。続けて約30年前の、とある学会での話を聞かせてくれた。「在日外国人の無年金問題について発表したら、一人の社会保障研究所の研究員が『それは制度だから仕方ない』と言ってきて、呆れました。おかしいと思った人が声をあげ、なるほどと思う人が働きかけ、今までひどい制度がたくさん改正されたのに。制度だから仕方ないなら研究をする意味もありません」。

愼さんは今年で73歳を迎えた。国民年金法では、障害基礎年金の支給を請求することができるのは「65歳に達する日の前日」までの期間内に限られる。つまり、これから無年金問題が解決されても、65歳以上である愼さんに障害基礎年金が支給されることはない。それでも、愼さんは現在も白い杖を頼りに大阪から東京に出向いて交渉に参加し、「テープレコーダーを回すように同じことしか言わない」厚労省役人と向かい合う。

「無年金で困っている同胞が今もいっぱいいる。その人たちの生活が少しでもましになれば。その思いだけです」

愼さんは「マスコミがもっとこの問題を取り上げてくれれば。在日外国人の無年金問題なんて書いても売れないかもしれない。でも、メディアの役割をしっかり果たしてほしいです」と話す。そして次のように続けた。

「同胞コミュニティーが力を合わせてくれたら、少しは前進できると思う。自分の周りに、無年金で困っている人がいるかもしれないと思いを馳せてみてください。その人たちがどんな思いで、どんな生活をしているのか、想像してみてください」

(李鳳仁)

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