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〈それぞれの四季〉「コロナのおかげで」/李京柱

8月下旬、朝青の常任委員会で委員長が話した言葉が今でも心に刺さっている。「『コロナのせいで』、って一言で片付けようとしていませんか。その言葉に甘えてしまっていると思います」。

省みると、その「せい」という二文字に安住して、考えることをやめてしまっている自分がいた。この情勢において「自粛」することはたしかに必要であり重要である。実際知人の親族で感染者が出たと知ったとき、一日でも早い回復を祈っていた。でも「自粛」や「せい」という言葉は自分でもしらないうちに思考を完全に停止させ、それ以外の可能性を潰してしまった。

この4カ月間、地域の同盟員に何もできなかった、いや、何もしなかったのは事実だった。だからといって、それはしない理由にはならない、何かできることを探さなければとあらためて痛感した言葉だった。

生徒を指導しているときにある言葉が浮かんだ。それは「一所懸命だと知恵が出る」という言葉だ。

「せい」を朝鮮語にすると《의하여》、でも一つ線を足すと《위하여》に変わる。少し考えるだけで、一工夫するだけで、考えは未来志向に変えることができる。

言葉は胸に残る。だから「コロナのおかげ」でこういうことができたと言えるようにしていきたい。この言葉も、そしてこの経験もきっと胸に残るだろうから。

(大阪市在住、教員)