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在日朝鮮人ハンセン病回復者の闘いをテーマに/高麗博物館で講演会

6月24日から東京都新宿区の高麗博物館で開催されている企画展「ハンセン病と朝鮮人」と関連し12日、「在日朝鮮人とハンセン病」(2019)の著者で国立ハンセン病資料館学芸員の金貴粉さんによる記念講演会が行われた。講演は、同館を本会場にするも、新型コロナ感染症防止の観点から参加人数を制限し、オンラインで同時配信された。

植民地支配と誤った国策の遺産

「在日朝鮮人ハンセン病回復者の闘い―戦後を中心に―」をテーマに報告した金貴粉さんは、講演に先立ち、「新型コロナ感染症が依然猛威を振るう昨今において、今日ほど感染症に関しての認識が高くならざるを得ない状況に置かれたことはなかったのではいか」と参加者たちに呼びかけながら、このような緊急時に排外主義的な思想とその流れが強まることへ危惧を示した。

企画展「ハンセン病と朝鮮人」と関連し12日、記念講演会が行われた。

講演ではまず、ハンセン病の症状や原因などについて金さんが説明した。

ハンセン病は、「らい菌」による慢性感染症で、発症により「痛い」や「冷たい」などの感覚を感じることがない知覚麻痺、また治療が施されずに進行した場合は体の変形といった症状を伴う病気で、感染力や発症率は低いといわれている。一方、人々の栄養や衛生状態など社会環境から大いに影響を受ける病で、日本では1907年の「癩予防ニ関スル件(らい予防法)」公布以降、ハンセン病患者・回復者に対し国策として隔離政策を実施したことから、社会全体での差別や偏見は現在まで尾を引いている。(ハンセン病は有効な治療薬があり、現在では治る病気だ)。

金さんは、在日朝鮮人とハンセン病を考えるとき、①日本のハンセン病政策の歴史、②日本の朝鮮に対する植民地支配の歴史、この2つの視点が必要だと述べながら、「らい予防法」公布後の日本におけるハンセン病の歴史を振り返った。

「らい予防法」公布から2年後の1909年、青森、東京、大阪、香川、熊本の5カ所に設立された公立の療養所は、当時「放浪するハンセン病患者」を収容対象とし、隔離政策を強化していった。なかでも療養所は療養のための施設よりも、「欧米列強に負けない国家建設において、それにそぐわない存在としてハンセン病患者が認識されたことで、排外主義的な思想のもと(ハンセン病患者を)社会から見えない存在にする」機能を果たした。

金さんによれば、所内では裁縫や床屋、火葬場まですべてが患者の仕事で「まるで一つの村のような営みをさせられ、道路整備などの重労働をしながら、痛みという感覚がないゆえに、傷ついても気づかず、痛みを悪化させたりした者もいた」という。

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