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〈幼保無償化適用を/「多種多様」を問う 7〉柳澤徳次さん(日本朝鮮文化交流協会理事長)

2020年08月03日 15:02 民族教育

平和的な話し合いを

柳澤徳次さん

私は戦前に生まれ、戦後、兄が学校の先生をしていた。小学校では日本の鉱山で働いていた朝鮮人の子どもたちと一緒に勉強した。子どもたちは学校が終わるとみんなうちに来ていた。兄からは「お前は朝鮮の人と仲良くしなきゃいけない」と言われてきた。だから日朝文化交流協会に発足(1972年)当初から関わってきた。

朝鮮と交流する運動に入ったのは、私が左や右、真ん中だったからでも何でもない。私は北も南も区別することなく、隣人と仲良くしないといけないという、その気持ちだけがある。

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