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〈人・サラム・HUMAN〉ブラインドサッカー/黄誠秀さん(33)

「国籍や障がいを超え」

西東京第1初中、東京朝高、朝大でサッカー漬けの毎日を送り、大学4年時に関東大学リーグ2部での活躍が評価されてJ1のジュビロ磐田に入団。磐田での3年間は出場機会に恵まれなかったものの、新天地のザスパクサツ群馬では主力としてリーグ戦98試合(13-15年)に出場した。

黄誠秀さん©2019 Criacao

その後、3年間在籍した大分トリニータは契約満了時にスタッフ入りの話をくれた。だが「新しいことに挑戦したかった」と引退を決意。「スポーツを通じた豊かさの創造」を理念とする株式会社Criacaoに入社し、いくつかの事業からブラインドサッカーを選んだ。そこに「多様性」の尊さを見出したからだ。

朝鮮籍の黄さんはサッカー人生で何度も国籍の壁に直面してきたが、プロキャリアを通じて各国の選手たちと出会い「違いを認め合うことの大切さ」を実感した。そんな中、日本ブラインドサッカー協会(JBFA)で視覚障がい者と仕事をした際、ふと自身の「バイアス」(偏見)に気づいた。「障がい者を自分と対等に見れていなかった」。

「人と人が国籍や障がいを超え、混ざり合う世界を実現したい」。その思いを胸に、現在はJBFAによる企業研修の講師などを務める。

昨年から西東京第1初中に子どもを送り、「高校無償化や幼保無償化問題と初めて向き合った」。差別なき社会について考える日々だ。母校への愛情から「サッカー部の指導の手助けになれれば」との気持ちも抱いている。

(徳)