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〈続・歴史×状況×言葉・朝鮮植民地支配と日本文学 23〉「顔」について、「仮面(マスク)」について/安部公房④

2020年06月22日 11:21 主要ニュース 歴史

「他人の顔」(新潮文庫)1964年作

「アベノマスク」の話をしよう。といっても、すこぶる評判の悪い例のマスクの話ではなく、安部公房の書いた「マスク=仮面」についての物語を紹介したい。

自分の「顔」が、ある日何らかの理由で失われ、全く別のものに変わってしまったとしたら、私たちの自意識や他人との関係は、一体どうなってしまうだろうか?ある男が、化学研究所の事故によって顔面に醜い火傷を負い「顔」を失ったことから、周囲の眼や妻との関係のぎこちなさにはげしく苦悶し、やがて精巧なプラスチック製の人工皮膚による「仮面」を作成して「他人」になりすまし、自己回復のために自分の妻を誘惑する。だが誘惑に成功するや、今度は妻への不信感と「仮面」への嫉妬が新たに男を苛む。「仮面」をつけた「他人」が、ほかならぬ夫その人であることに実は気づいていた妻は、やがて男に絶縁状をつきつける。そして男は――「他人の顔」(1964)という長編のあらましである。語り手である「ぼく」が新たな「他人の顔」をつけることにより、「顔」によって世間とつながってる人間存在や対他関係の不安定さ、自我と社会、外見と内面について、精緻な科学的記述と哲学的考察をもって追求される。66年には安部自身の脚本で映画化もされた。

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