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〈それぞれの四季〉視えない存在/李月順

「男女格差(ジェンダーギャップ)報告書」(世界経済フォーラム)によると、日本における男女格差は、153ヵ国中121位であった。日本で生きてきた実感からすれば、評価の対象になった項目で、男女格差(すなわち女性差別)が大きいことは、「報告書」をみるまでもない。

1970年代、在日コリアン女性が4年制の大学に入学するのは、現在ほど当たり前ではなかった。

あるときオモニが、(私を4年制大学に進学させるなんて)何を考えているのかと、親戚中から批難されたことを話してくれた。オモニは、自分が学びたかった想いを私に託したのだ。

私は、大学で朝鮮と在日の歴史や言葉などを学び、そうしたオモニの想いに気づけた。また、大学時代、友人のオモニは、「自分と同じ生き方をしないように」と経済的な厳しさのなかでも大学進学を応援してくれたという。

女であることとコリアンであることによる差別を複合差別という。こうした差別のなかで生きづらさを抱えてきた在日コリアン女性は、「報告書」の調査対象に含まれているのだろうか。

「報告書」にむなしさを感じるのは私ひとりではないだろう。なぜなら、私たちの存在は、日本社会では、見えない、見ない、見ようとしない存在、不可視化された存在だからだ。

(大阪市在住、アプロ・未来を創造する在日コリアン女性ネットワーク代表)