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〈ヘイトの時代に 5〉言えなかった母への思い/京都第一初級襲撃事件、一変した家族の日常

2009年の在特会による京都第1初級襲撃事件当時、同校オモニ会会長だった朴貞任さん(52)は、ヘイトクライムによる被害を振り返り「日常を奪われてしまった」と強調する。

事件後、学校の教員らは事件の対応やカリキュラムの変更に追われ、保護者たちも子どもたちを安全に送り迎えするため登下校時の「見守り隊」をローテーションで担当した。在特会は3カ月に渡り計3回、学校付近で街宣行い、学校が近隣の住民と積み上げて来た関係は崩され、学校を取り巻く状況は2度と元には戻らなかった。

「それまでの日常は一変し、怖いと感じた。事件後、一部の保護者たちは登下校する子どもたちに、目立たないようコートを羽織らせ、人前で朝鮮語を使わないように、教科書を開かないように、他人と目を合わせないように教えた。朝鮮人として堂々と生きてほしいから朝鮮学校に送っているのに、それを自分たちの口で否定しているようで、矛盾がどんどん大きくなってきて、それがもう限界になって、耐えられなくなってきて…」、当時を思い返しながら朴さんは悔しさをにじませた。

失われた尊厳を少しでも取り戻すため学校は民事訴訟に乗り出した。朴さんも証人として法廷に立ち、ヘイトクライムの被害を訴えた。裁判終結後からは講演会などでの証言活動も始めた。

しかし、証言を通じ過去を何度も反芻することは大きなストレスだった。証言の度に涙を抑えられないほど気持ちが高ぶり、日常生活でも手のしびれやめまいなどPTSD(心的外傷ストレス)の症状に悩まされた。裁判中には入院せざるを得ないほど体調が悪化。それでも、証言をやめなかった。ヘイトクライムの被害を当事者の口から語り、民族教育の正当性を多くの人に伝えたいとの思いからだった。

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