【インタビュー】ヘイトスピーチ解消法から2年/それぞれの現場から


特定の人種や民族に対する差別言動の解消を図るヘイトスピーチ解消法の施行から2年。社会を破壊するヘイトスピーチを取り巻く状況はどのように変化し、今後の課題は何なのか。差別の根絶、共生社会を実現するために闘う3人の論者に聞いた。

【ヘイトスピーチ解消法】16年6月3日に施行されたヘイトスピーチ解消法では、差別的言動が被害者に多大な苦痛を与え、地域社会に深刻な亀裂を生じさせているという害悪が認められるとともに、差別的言動は許されないことが宣言された。しかし、禁止規定、制裁規定のない理念法であることから実効性が弱く、その限界が指摘されている。自治体の中には独自に条例などで対策に取り組むところも出てきている。

「社会の分断を許さない」メディアの視点/ジャーナリスト・安田浩一さん

安田浩一さん

14年8月に国連人種差別撤廃委員会の日本審査を取材した。ヘイトスピーチを容認する日本政府に対し、各国委員からは厳しい意見が相次いだが、政府代表団は「表現の自由を萎縮させる危険を冒してまで、ヘイトスピーチの処罰を立法化させる状況にはなっていない」と回答。排外デモがピークに達した14年に、深刻な差別状況を認めず、ヘイトスピーチを「表現」に組み込む政府の感覚に愕然とした。

ヘイトスピーチ解消法は不十分な要素こそあったが、ヘイトスピーチとは何かということを浸透させ、これまで「治安の対象」という観点でしか捉えなかった外国人、外国籍住民の人権をはじめて法律で保護するという点で意義があった。私たちが、法律を社会の中できちんと生かすことができるのかどうか、試された2年間だった。

しかし、解消法は一般社会にヘイトスピーチを抑制させる効果を発揮できなかった。いまだに路上でデモが行われ、ネット上には匿名の差別発言が溢れている。それ以上に深刻なのは、一般の人々が日常生活の中で、特定の民族を排除する言動を差別という意識もないままに発している、社会のヘイト化だ。背景には、隣国の脅威をあおる報道や、特定の民族を貶める言説がネットや書籍に溢れ、差別と偏見を量産している状況がある。

16年には福岡の商業施設14カ所にヘイトビラが貼られる事件、17年には「慰安婦」問題を理由とした名古屋市のイオ信用組合への放火事件、今年に入っては総聯中央会館銃撃事件などヘイトクライムが相次いだ。メディアは、これを単なる事件報道として報じるにとどまり、社会に蔓延するヘイトが犯行の根底にあることを指摘しなかった。

差別によって存在を脅かされる人がいるということ、人種間の分断は地域社会にひびを入れ、日本社会を壊すのだとメディアが自覚していれば、違う角度の報道が出たのではないか。右や左も関係なく、メディアが共通して持つべきは、社会の分断を許さない、属性によって特定の人々を排除し成り立つ社会などありえないという最低限の認識だ。

差別根絶のためには、包括的な人種差別禁止法の成立が求められる。それ以上に、外国人は地域社会に不可欠な存在であるということ、頼り頼られたりしなければ生きていけないという認識を社会に広げる必要がある。100%の理解などない。互いの違いを認めた上で、同時代に共に生きるという意識が社会を変えていく。

(聞き手・金宥羅)

【プロフィール】1964年生まれ。週刊誌記者を経て、フリーに。労働問題、差別、人権問題などを扱う。『ネットと愛国――在特会の「闇」を追いかけて』(講談社)で日本ジャーナリスト会議賞、第34回講談社ノンフィクション大賞受賞。近著に『学校では教えてくれない差別と排除の話』(皓星社)など著書多数。

“着地点はヘイト根絶、向かうゴールは希望”/川崎市桜本ふれあい館副館長・崔江以子さん

崔江以子さん

具体的なヘイトの被害があった川崎の地において、行政機関に実効性のある対策を求めてきても根拠法がないという理由で、対策を講じてくれることがなかったが、川崎の被害が立法事実となり、16年5月に法律ができた。

私たちは、不十分さをもちろん指摘しながらも0よりも1を尊んで、川崎の闘いのなかでその法律に法改正なり新法への問題提起をしていく覚悟で、あの時点では法律を歓迎した。

しかし、許さないという理念法だけでは、ヘイトスピーチは続いているし、終わっていない。「ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワーク(以下、市民ネット)」では、この問題が「市民の問題ではなく共に生きる社会の問題として、行政が対策を講じるべきだ、その声を一緒に届けてください」と、これまで多くの市民たちに呼びかけ、「オール川崎」の体制でヘイト根絶に取り組んできた。

その結果、16年末の人権施策推進協議会の「ヘイトスピーチ対策に関する提言」を受けて、市はガイドラインの策定へと動き出し、今年3月31日に施行。4月1日には第三者機関が設置された。川崎市議会も3月16日に「ヘイトスピーチの根絶に関する決議」を全会一致で採択した。

しかし、ガイドラインを無効化させよう、条例制定を阻止しようとする旧在特会の後継団体・日本第1党最高顧問をはじめとする人々によって、ヘイトデモができなかったことを逆恨みしリベンジデモが行われ、川崎の公的会館をあえて申請して「行政のお墨付きでヘイトスピーチをする」講演会の許可をもらおうとするなど、ヘイトは今も続いている。

市民ネットでは、ガイドラインの適正運用がなされるよう、市や区への電話、意見書や要請書の提出など、いまも恐怖と不安でぎりぎりだが、その不安を応援ということばに変換して訴え続けている。

世論や市民社会は大きな集団がつくっているのではなく、一人一人個人の思いが結集したもの。ヘイトを許さないというその思いの結集が、行政機関や国を動かす力になり、ヘイトスピーチの根絶、共に生きる社会の実現をもたらすと思う。それを信じている。

川崎では市民が学びを続け、学びを力に行政の取り組み、議会の働きを応援しながら、差別を禁止する条例の早期制定を目指していく。着地点はヘイト根絶、向かっているゴールは希望、だからこの取り組みは大変ではありません。

(聞き手・韓賢珠)

【プロフィール】川崎市ふれあい館副館長。2016年3月参議院法務委員会にてヘイトスピーチの被害について参考人陳述。ヘイトスピーチを許さないかわさき市民ネットワークの事務局として、差別を禁止する条例制定を求めて活動中。

加害者を追い詰める「差別の見える化」を/反レイシズム情報センター(ARIC)代表・梁英聖さん

梁英聖さん

ヘイトスピーチの頻発な登場は、あまりにもひどい、ありえない話。

笑いながら「朝鮮人殺せ」と言えてしまう、ヨーロッパや欧米諸国では逮捕、懲罰的賠償を覚悟しなければできないような極右的なものを遊び半分でできてしまう、日本のレイシズムの状況は、破廉恥極まりない。

戦後日本社会には、在日朝鮮人をはじめとするマイノリティ自身を守る人権規範・反差別規範・反歴史否定規範の「3つの盾」が存在しない。だから差別が多発しても見えない。そのため「ヘイトウォッチ」という差別を「見える化」する活動が重要になる。これは差別被害者のエンパワーメントに不可欠な人権規範を作る、最も初歩的な条件づくりだ。そのヒントは欧米のヘイトウォッチ団体から得た。

ここまで差別がひどくなると被害者の権利回復は、差別の加害者を処罰し、これ以上差別をさせないという正義を確立することでしかなされない。だが日本にはヘイトスピーチの定義はおろか、何が差別で何が差別でないかという基準さえない。

ARICのヘイトウォッチ活動は大きく2つ。

1つは、政治家レイシズムデータベースだ。

政治家の差別は庶民の差別と比べて、数量化できないほど強い社会的煽動効果がある。最も深刻な上からの差別煽動を見えるようにするために、人種差別撤廃条約に反する(と疑われるものを含む)政治家の差別を記録し公開している。

もう1つは、第三者が差別を止めるガイドブックの普及だ。その資金を集めるクラウドファンディングをしている。

被害者が声を上げられない状況にある場合、差別をなくすには、周りにいる人が行動するしかない。周りが被害を記録し、NGOと連携し、一緒に被害者を助ける新しいヘイトウォッチ文化を普及させたい。周りの行動次第で、差別は過激化もするし助長もされるが、抑制もされるからだ。

ヘイトスピーチ解消法が施行されて2年。評価する上で重要なのは、人種差別撤廃条約が義務付ける包括的差別禁止法が、どれほど速く確実に作られるかという観点ではないか。そのためARICでは差別データを公表し、公的なルール成立に結び付けようとしている。

だが法律は人々が差別をなくすよう行動しないと活かせない。根本問題は、ヘイトスピーチで生存を根底から脅かされているマイノリティが、自ら差別を訴え権利回復に立ち上がること。それを可能にするためには、下から権力関係を変えるような社会運動の再生が不可欠だ。

若い世代から新しい事に取り組んで、今までの運動を刷新していくべきだと思う。

(聞き手・李鳳仁)

【プロフィール】1982年東京都生まれ。東京都立大学卒。一橋大学大学院言語社会研究科博士後期課程。2015年3月に立ち上げた、大学生・院生、若手研究者らによる反レイシズムNGO「反レイシズム情報センター(ARIC)」(https://antiracism-info.com/)代表。

反レイシズム情報センター(ARIC)への寄付

反レイシズム情報センター(ARIC)では、皆様からの寄付を募集しています。いただいた寄付は調査・相談・教育などの事業に使わせていただきます。

◇ゆうちょ銀行(郵便局)からのお振込み

ゆうちょ銀行

  • 記号:10000
  • 番号:12347831
  • 名義:反レイシズム情報センター

◇他の金融機関からのお振込み

ゆうちょ銀行

  • 店名:〇〇八(ゼロゼロハチ)
  • 店番:008
  • 口座番号:普通1234783
  • 名義:反レイシズム情報センター

関連記事

蔓延するヘイト、包括的な人種差別の撤廃を/ヘイトスピーチ解消法から2年