〈高演義先生の情熱教室〉朝鮮から眺めて―新年の対米・対日関係、そして在日朝鮮人の覚悟のほど


新年を迎え、あまり自分を抑えるのはよして余生は自由奔放でありたいと改めて決意した。とはいえ、はしたないまねはしないつもりで、あくまでも同胞目線でもって生活的に物事を見続けたい。

長く皆から「先生」と呼ばれる人生を生きてきたが、最近このことばの意味するところに開眼(かいげん)した。世間ではよく「先に生まれたから先生」などというが、私はこのところ孫の世代から歌や流行など新しいことをずいぶんと吸収しているので、私にとって孫が先生なのである。すなわち、私たちより「先を生きているから先生」なのだと考えるようになった。ありがたや、ありがたや。

年齢に関係なく絶えず自己更新する努力や勉学を怠ると、どうしても昔のことばかり語りがちだ。そんな在日老人を時々見かける。まっさらな、たった今を生きている人たちから新しいものを謙虚に学ぶべきなのに(人類社会発展のために)、逆に古いものばかりを押し付ける。これって、朝封建主義の最終的勝利じゃなくって?

悪い癖で、前口上が長くなりすぎた。

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