〈ハングル創生からの旅〉プロローグ/申英愛


不滅の文字に息吹を与える

金正守創作詩歌作品公演の書道パフォーマンス作品(2013.3.18作=申英愛、李裕和)

金正守創作詩歌作品公演の書道パフォーマンス作品(2013.3.18作=申英愛、李裕和)

2015年初頭の日本の行政やメディアの声高な「戦後70年」というキーワードは、いささか耳障りだった。

祖国は植民地から解放されたとはいえ南北に分割されたままの70年。そして在日は多事多難な辛酸を舐め、曲折を経て今なお不条理の渦中にある。

日本の戦後70年という時空は、在日にとっては100年を越える不遇な歴史と交錯して、リアリスティックな重い年月でもある。100年を越えて生き続けてきたこの地は、はたして異郷か?―ヘイトスピーチが張りついた胸に懐疑がよぎる。「呉越同舟」共生の大地なのではないか―と敢えてそう認識する。

「高麗書芸研究会」は民族のアイデンティティ―をかざし共生社会の日常になじみ日本文化をも享受しつつ、社会に資する民族の多様な伝統文化の研鑽に励み四半世紀が過ぎた。この節目を迎えハングル創生時の歴史をたぐり寄せ、文字の変遷を辿る試みを紙上連載という形で企画した。

ハングルはすでに1997年、世界記録遺産に登録された。植民地下での数々の受難をとどめたハングル―。時を経て世界の言語学会がその独創性と科学的機能性、合理性を高く評価しての矜持の金字塔である。

朝鮮の言語学者周時経によってハングルと名づけられた「訓民正音」は世宗大王と集賢殿の学者たちの叡智のたまものである。「訓民正音」は円滑な政治を行うためにも必要不可欠であった。王命や公文書は漢文で書かれ、国民の大多数は読むことができなかった。吏読で読む漢文は特権階級だけのものであった。安定した治世を築くために、支配されている人々が何を思い望んでいるのか知る必要があった。「学べなかった者たちは言いたいことがあっても思い通りにその意志を表すことができない。余はこれを不憫に思い新たにニ八字をつくって、簡単に習い日々用いるのに便利にさせたいだけである」―世宗の序文の件りである。音楽文化、印刷技術、天文学、測量器具、農業技術の発展等、文化の黄金期を確立した世宗時代は識字率を高めるため、多くの書物がハングルで刊行されていく。

シリーズ②の李朝建国を讃える「龍飛御天歌」、④の釈迦を讃える「月印千江之曲」、その後に続く項目に仏教に関連するものが多いことに首をかしげる。儒教倫理を掲げながら、その理念を否定するような王位継承の争いや学者、建国功労者達まで抹殺する儒教イデオロギーは、朱子学を庶民に説いて文字を広めることは困難だと考えたのであろうか。あるいは王の懺悔の祈りだったのだろうか。

「印刷博物誌」の著者李御寧氏の言葉を想起する。―「銅の活字は月であり、紙に印刷することは水面にその月影を印すことであった。一つの月が千の水面に同じように映されるように、一つの物体が万物に等しく映されていることを『月印千江』と呼んだ。そして、これが同時に仏書を印刷し供養する隠喩でもあった」―ストンとうろこが落ちた。

名君の誉れより、アイロニカルな世を嘆き、苦悩する世宗像が浮かぶ。

不滅のハングルは隔世の今に輝く。その文字に息吹を与える私達の旅が始まる。多様に変化する月(ハングル)を追う旅である。天空の月を映す川はこの日本の大地に幾筋もある。鏡のような水面にも、風のざわめきで波立つ川面にも、人それぞれの感性に委ねられた月が印されていく…。

「高麗書芸研究会」はスタッフが担当した項目の研究結果を月一回持ち寄り、討議検討を重ねながら原稿を仕上げた。力を込めたつもりである。

(連載監修、高麗書芸研究会副会長)