「民族教育はなくならない」/4.24阪神教育闘争66周年


東京・青山霊園「無名戦士の墓」の前で

東京・青山霊園「無名戦士の墓」の前で

 犠牲者を偲び、心に刻む

4.24阪神教育闘争66周年を記念して、4月24日、東京・青山霊園の「無名戦士の墓」の前で、「今、再びあの日を称え心に刻むマダン(場)」が開かれた。

朝鮮学校を記録する会(代表=金日宇)の主催で開かれた集いには、約30人の同胞、日本人が参加した。

在日朝鮮人歴史研究所の呉亨鎮顧問の話によると、「無名戦士の墓」には、日本の社会主義者や共産主義者と共に1100人余りの同胞愛国者と、4.24教育闘争時、日本の警官隊が放った銃弾により犠牲になった金太一少年(当時16歳)、そして闘争の首謀者として投獄され、仮釈放された数時間後に他界した朴柱範先生(当時63歳)が祀られている。

参加者たちは、黙祷した後、体験者の話に耳を傾けた。

白宗元氏(91)は、「当時、金太一少年が50メートル先で銃弾に倒れるのを目撃した」と言う。そして「マッカーサーは学校閉鎖令を出し、民族教育を根絶やしにしようと躍起になったが、朝鮮学校はなくなるどころか日本各地に幼稚園から大学まで整備された。いかなる差別が立ちはだかろうと、朝鮮学校は絶対になくならない」と強調した。

集いでは、在日朝鮮人詩人で教育者でもあった故・南時雨氏の詩「歌による詩劇4・24」を朝鮮語と日本語で黙読した。

(文―金潤順、写真―盧琴順)