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助け合い、共に生きる/東日本大震災復興支援 金剛山歌劇団公演2013

2013年10月18日 15:44 主要ニュース

「命の洗濯したみたい」

 仮設住宅で生活する人たちとの記念撮影

仮設住宅で生活する人たちとの記念撮影

東日本大震災から2年7ヵ月。宮城県仙台市に再び金剛山歌劇団がやってきた。

金剛山歌劇団は、震災直後の2011年4月29日、東北朝鮮初中級学校(仙台市太白区)と、仙台市六郷市民センター(若林区)を訪れ、支援物資を渡し、慰問公演を行った。歌劇団の仙台公演は、2010年以来3年ぶり。地震・津波の後の本公演は初めてとなった。主催の実行委員会は、総聯をはじめとする宮城県内の在日朝鮮人各団体と宮城県日朝友好親善協会などの日本人で構成された。実行委は、東日本大震災復興支援を掲げて金剛山歌劇団公演を催し、金一封を復興支援金として宮城県に贈った。

総聯宮城県本部の李英植委員長の話によると、震災当時、全国の総聯組織、同胞からは30tにもおよぶ支援物資が届いたという。「当時、周辺の避難所には被災民が多数いたにも関わらず、日本の行政からの支援物資が全く届かないというところもあった。そんな中、朝鮮学校の被災民たちは温かい食事を摂り、学校に届いた救援物資を他の避難所にも回す手配をした。震災被害に国境はない。私たちは、同じく災害にあい、共に助け合い、支え合って生きてきた」と述べた。

震災直後、委員長をはじめ総聯の活動家たちは車に支援物資積んで気仙沼まで走った。その途中、各市の復興支援センターに6tほどの救援物資を届けている。実行委の一人である坂下康子さん(県議)は、「震災の時、避難指定のなかった民間の避難所では、日本の行政からの支援物資が全く届かなかった、そんな中、総聯の支援物資が届き、女性同盟の方たちが炊き出しをして、焼き肉や野菜、温かいスープを振舞ってくれた。食べるものがないときに、食べるものを分け合う。寒さに凍える中で温かいものを食べられるということがどれほどうれしく、ありがたいことか。被災した人々がすごく喜んでいた」と当時を振り返った。そして、「復興支援を掲げた今回の公演においても、今なお仮設住宅で生活している住民たちを招待してくれた」と語った。

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